この数年、毎年のように全国各地で災害が発生している。いつ自分の身に災害が降りかかってくるか分からない時代、いざというときへの備えがこれまで以上に重要になってきた。
そんな中、災害食や介護食・治療食の専門メーカーであるホリカフーズは、アニメ『エヴァンゲリオン』シリーズとコラボレーションした災害食「特務機関NERV指定 防災糧食」を発売した。これは、作中に登場する特務機関NERVが、第3新東京市の市民に配布している防災備蓄品ーーというコンセプトで開発された災害食だ。白米だけでなく副菜がセットになっており、しかも発熱剤も添付されているため、電気やガスがない災害の現場でも温かな食事をとることができる。その開発背景を、ホリカフーズと、専用パッケージのデザインにあたったゲヒルンに尋ねた。
災害支援に当たる人たちを温かな食事で支援する「レスキューフーズ」
「腹が減っては戦はできぬ」といわれる通り、思いも寄らぬ災害に見舞われ不安に駆られているとき、立ち上がる気力もないとき、温かな食事ほど力がわいてくるものはないだろう。また、時には自分も被災者でありながら、救助作業や、ズタズタにされたインフラの復旧に携わる自衛隊や警察、電力・水道といったライフライン事業者にとっても、空腹を満たしてくれる温かい食事は、文字通り活力となるはずだ。
缶詰などの保存食品や治療食を提供してきたホリカフーズは、1995年に発生した阪神淡路大震災を機に、災害食「レスキューフーズ」シリーズを開発した。保存食というと、乾パンのような「日持ちのするもの」というイメージが強いが、レスキューフーズは長期保存が可能で、かつ発熱剤を利用して温かい食事ができることが特徴だ。「災害が増える中、最前線で働く人たちに温かくておいしいものを食べてほしい」という願いが込められている。
ホリカフーズ株式会社 営業部 営業課の笠原健一氏は、「避難所に身を寄せた市民には配給があっても、救助や復旧支援に当たる人たちは、ろくな食事も取れずに24時間身を粉にして働いていました。こうした人たちを支援するために、自衛隊のレーションのような食事を提供できないかと考えて生まれたのが、レスキューフーズです」と説明する。
ホリカフーズ 営業部 営業課 笠原 健一氏
新潟県魚沼市に本拠を置くホリカフーズは、2004年の新潟県中越地震で被災し、自らもレスキューフーズを活用することになった。当時は、まだ栗五目ご飯の1種類のみだったことから、「もっと多くの種類があるといいね」「主菜だけでなく副菜も組み合わせた方が、飽きが来なくていい」など、さまざまな意見が飛び出し、それを生かして、主菜と缶詰、スープをセットにしてラインナップの充実に努めてきたという。
実際、2011年の東日本大震災の時には、たまたま直前に被災地に納入したレスキューフーズが活用され、災害復旧に当たっていた人々から「本当に助かった」といった声が寄せられたそうだ。
防災フォーラムでの出会いをきっかけにスタートした「井口プラン」
そんなホリカフーズがなぜ、『エヴァンゲリオン』シリーズとコラボレーションすることになったのだろうか。きっかけは、宮城県仙台市で開催された防災フォーラムに出展していたホリカフーズのブースに、防災食に関してコラボレーションが可能なパートナーを探していたゲヒルン株式会社代表取締役の石森大貴が立ち寄ったことだった。
ゲヒルン 代表取締役 石森大貴
元々レスキューフーズの利用者であり、品質に信頼を寄せていた石森と、たまたまブースに立っていたホリカフーズの営業部営業課 井口学氏の話が弾んだことから、とんとん拍子に企画が進んだ。こうして、映画『シン・ゴジラ』の「矢口プラン」をもじって「井口プラン」と名付けられたプロジェクトはスタートした。
20代で、『エヴァンゲリオン』をリアルタイムに知っていたわけではなかった井口氏。しかも転職直後で右も左も分からない中、手探りでプロジェクトを進めていったという。「ホリカフーズにとって、こういったコラボレーションは初めての試みでしたが、ゲヒルンをはじめ社外の皆さんに支えられ、わくわくしながら仕事ができました。何より、石森さんがレスキューフーズのことを知っていて、大切にしてくれたのが大きかったです」と井口氏は振り返る。
ホリカフーズ 営業部 営業課 井口学氏
シンプルなデザインだったレスキューフーズシリーズのパッケージを変更したのも初の試みだった。「おかげで、コラボレーションにまつわるさまざまな経験値を積むことができ、会社としても成長できたのではないか」と笠原氏は述べている。
「作品内の人々が食べる糧食」というコンセプトに向けた試行錯誤
ただ、パッケージが完成するまでにはさまざまな試行錯誤が重ねられた。版権元のグラウンドワークスからは、初期の段階で「第3新東京市を活用したもの」というリクエストをもらっていた。
コラボ商品としてのバランスや世界観がぼんやりしているなかで、最初に悩んだのは名称だ。製品のコンセプトを端的に表せる、「防災糧食」というシンプルな4文字が決まるまで、相当長い時間が掛かった。また、「防災糧食」が使われるのは、できることなら来てほしくない災害が起こってしまったときだ。「極限状況にある人々にとってやさしさのある名前にしたいと考えました」(石森)。そこで、「災害」という単語は避け、「防災」とした。ほかにも、スマホやパソコンで入力したときに、一発で変換ができる言葉であることも、選定理由の一つだった。
デザインも「いろいろと迷走しました」と、制作に当たったゲヒルン技術開発部制作局の櫻木ハンナは振り返った。
最初は、「食品としてのおいしさ」をアピールするため、「カレー」や「牛丼」といった語感から直接イメージされる暖色系の色を中心に構成した。このため、ラインナップごとの色味の違いや個性がはっきりせず、石森から「色覚異常者でも識別できる色合いが必要だ」と指摘されたという。
そこで櫻木は色の個性を意識したデザインを模索し、「ならば、『エヴァ』カラーを当てはめてみるのはどうか?」と自信満々で次の試作品を提出した。すると今度は「これでは『エヴァ』の世界への没入感が足りない。外の世界でのコラボレーションではなく、NERV職員や第3新東京市民が作中で実際に食べている糧食というイメージでデザインしてほしい」と言われてコンセプトの本質に気づき、シフトチェンジした。
「『エヴァ』カラーにこだわるよりも糧食というコンセプトを貫いては」という、レスキューフーズ元来の商品価値を本位とする助言は、グラウンドワークスからも届いた。世の中にはアニメーションとのコラボレーション製品があふれている。その多くが、主要キャラクターを前面に出す方向だ。例えば「01」のパッケージならば、主人公の碇シンジやエヴァ初号機の紫色をベースとするのが定石だ。しかし、「防災糧食」は災害現場で正しく使ってもらえないと意味がない。「この災害食のコンセプトは、NERVが市民に配っているものというイメージです。作品の外から見たもの、キャラクターを前面に押し出したものだと、中には手に取りにくい人もいるかもしれません。災害現場では糧食として正しく機能しないと考えました」(石森)
こうして、いわゆる「ミリタリー飯」をイメージしながらデザインがブラッシュアップされていった。デザインしたものを原寸大でプリントアウトして、箱の形に組み立ててはイメージを確かめ、また修正してはプリントして……という作業を繰り返したという。このため在宅勤務の櫻木は、保育園に通う子供から「今日は工作でお遊びしていたの?」と誤解されたほど。プリンタを酷使しすぎてしまいには故障し、急遽買い換えたというが、それでも「一晩おいて、会社に出社してきたときにどう見えるかにこだわりました」(石森)
当初案のエヴァ各機を意識したパッケージを「工作」している様子(櫻木撮影)
食品であり、またいざというときに備えた備蓄品という性質から、さまざまな人にとっての「読みやすさ」、つまりユニバーサルデザインにも配慮した。前述の通り、色覚異常者も判別できる色合いや濃さを選んだのはもちろん、読みやすいフォントを採用し、使い方やアレルギー表示については英文表記も併記することで、誰にでも「何の食事か」がはっきり分かるようにした。また倉庫に積み重ねて保存されていた場合でも、ぱっと見て中身が何か分かるよう、側面のデザインにも配慮したという。
パッケージの側面・背面には、視認性の高いUD角ゴフォントを使用
「色覚異常でも分かる色選定を進めていったら、図らずも、元々のレスキューフーズのデザインの色とかぶることになり、ホリカフーズさんから『元のデザインに合わせてくれたんですか?』と言われました」(櫻木)という形で、最終的なデザインが決定した。
特務機関NERV指定 防災糧食
シンプルなデザインにプロ仕様の糧食を包み、事前の評価も上々
スケジュールが迫る中、あれこれ模索を繰り返して完成に至った「防災糧食」。両社はデザインだけでなく内容についてもユニバーサルを目指し、低アレルゲンやグルテンフリー食の開発も検討した。ただ、人の口に入るものだけに、企画から実現までには試験も含め3年以上の時間がかかる。このため今後の検討課題にしたという。
それでも「最初は、シンジ君や綾波レイのデザインを施したものが出てくるのかなと思っていたのですが、とてもシンプルでかっこいいデザインだと思いました。これを見て、『ああ、こういう考え方で作ったのか』としっくり来ました」(井口氏)。災害食でもあり、プロ仕様というレスキューフーズのコンセプトをうまくくみ取ってもらえたと、ほかの社員からの評判も上々だという。
対談の様子
石森がこれまでの仕事のつながりで知り合ったいくつかの会社に配布したところ、社内で「これ、欲しい!」と取り合いになったそうだ。さらに、「ちょうど九州で発生した豪雨で大変な思いをしている八代市に、ぜひそのまま送りたい」という申し出も早速あったという。
「何日も冷たい食事をとるのは、やはり精神的にこたえます。これ1つで温かい食事が取れるというのは本当に心強いこと。今回一緒に新しいパッケージを作ることができてよかったです」と石森。井口氏も「災害食というのは使われないことが一番です。けれど、万一の時には、火や水がなくても普段と変わらない温かい食事をとれるようにすることで、微力ですがいろんな人の力になれればと思っています」と述べた。
「井口プラン」でつながった2社は、これからもともに災害に立ち向かう人々を支援していく。
この記事は2020年7月の取材をもとに構成しています。