世の中に存在するすべてのものには「地理情報」がひも付いています。 さまざまな自然災害が私たちを襲ったとき、被害の実情を把握し、復興に向けて活動する上で欠かせないのもまた、地理情報です。
そんな地理情報を扱う地理情報システム(GIS:Geographic Information System)を提供するESRIジャパンでは、ゲヒルンと協力し、クラウドGISサービスの「NADIAct」や、ArcGIS上にゲヒルンが提供する防災気象情報をリアルタイムで配信する「ESRIジャパン データコンテンツ Online Suite 気象オンラインサービス(ゲヒルン版)」(以下、気象オンライン サービス(ゲヒルン版))をリリースしました。リアルタイム防災気象情報と地理情報を組み合わせることで防災・減災を支援するこの取り組みの背景を聞きました。
世の中のすべての事象に紐付く「地理情報」をグラフィカルに表示し、意思決定を支援
Q:ESRIジャパンという会社について教えてください。
穐本氏:米国本社のEsriは1969年に設立されました。1981年に世界初の商用GISをリリースして以来、GISソフト市場では世界的にシェアを持つ会社です。日本法人は2002年の設立で、官公庁や自治体、企業様向けに製品やサービスを提供しており、約2万5000組織への導入実績があります。また、Esriは各国の事情に合わせた対応を行うために、日本だけではなくアジアやヨーロッパなど世界各国に代理店をもち、一方で地理情報に含まれるコンテンツを各国ごとに集めています。
ESRIジャパン株式会社 プラットフォームソリューション・コンテンツ統括部長 穐本勝彦氏
Q:GISとはどのようなシステムなのでしょうか?
穐本氏:世の中にあるすべての事象、たとえば都市や建物、電力、ガス、信号などはすべて位置情報を持っています。今飛行機が飛んでいる場所はどこか、どんな土壌がどこにどのように分布しているのかといった位置に関する情報を絶対に持っているんです。GISは、現実世界のさまざまな情報を地図の上にレイヤーという形で表す仕組みです。
たとえば、国勢調査を元にした「人口分布」と国土交通省などが出している「浸水被害のリスクを示すハザードマップ」、それに「道路網」といったレイヤーを重ねて見ていけば、水害時の最適な避難経路の策定がスムーズになります。このように、現実世界の事象を「地理情報」を鍵にして表示することで、何かの解析を容易にしたり、よりよい結果を出していくのがGISです。
Q:一般的な「地図アプリ」との違いは何でしょうか?
穐本氏:Googleマップなどの一般的な地図アプリは「ここにおいしいお店がありますよ」といったコンテンツを地図上に表示する方法の一つだと捉えています。GISはそういった情報も管理しながら、目的に応じて見方を変えることができ、いろいろな解析やビジュアライズが可能です。
Q:どんな分野で活用されているのでしょう?
穐本氏:官公庁や電力、ガス、水道といった公益事業で幅広く使っていただいていますし、保険や流通といった業界からも関心を持っていただいています。また、小売では出店戦略を立てたり、エリアマーケティングの材料として活用いただいていますね。ユニークなところでは、位置情報を活用した「モンスターストライク」というゲームとの連携もあります。
Q:防災分野にも活用されているのでしょうか?
穐本氏:一口に防災と言っても、初動対応や予防・準備など、いろいろな切り口があります。皆さんがよくご存じの「ハザードマップ」にもGISが使われています。企業の事業継続計画(BCP)策定もそうですし、自治体の避難指示、発災後の罹災証明発行など、例を挙げたらきりがないくらい幅広く使われています。
GISは位置情報を元に、「このエリアには人口がどのくらいいるのか、浸水はどのくらいで道路網はどういった状況か」を串刺しで見ることができます。これが、GISの持つ最大の強みかもしれません。
Q:オフィスの入口には全国各地の自治体からの「感謝状」が並んでいましたが……。
菅原氏:新潟県中越地震を皮切りに、東日本大震災や西日本豪雨をはじめ、被災された際の罹災証明発行システムを一部支援してきました。被害に遭った本人とその持ち家、被害状況という3つの情報を結びつけられるのは、地図の上だけなんです。台帳を見ただけでは「誰がどこに住んでいるのか」が分かりにくい。しかし、全部地図に載せ、「浸水が2メートル以上の範囲はどこか」という情報と重ね合わせれば、それがすぐ分かります。
ESRIジャパン株式会社 データソリューショングループ 部長 技術士 菅原修氏
Q:災害後には現地で支援をされたのでしょうか?
田中氏:復旧に向けてGISのオペレーターが必要な場合、現地にうかがうこともあります。災害派遣の自衛隊の方と並んで仕事をしたこともありました。災害の現場では迅速な判断が求められます。そこで改めて「地図って大事だね」と認識されるケースが多いと思います。
ESRIジャパン株式会社 プラットフォームプロダクトグループ GISプロダクトスペシャリスト 田中信行氏
穐本氏:東日本大震災では内閣府の主導で「エマージェンシーマッピングチーム」が作られ、そこにわれわれや京都大学防災研究所の先生方も入っていろいろな地図を作りました。「水道はどこまで被災したか」「文化財はどこにあり、どう被災しているか」「避難所はどこに設置されていて、収容人数は何人か」「備蓄品はどこにどのくらい備蓄されているか」といった、本当にさまざまな事柄を可視化しました。
東日本大震災では非常に広いエリアが被災しましたが、的確で効率的な指示を出す手段の一つが地図でした。決定権を持つ人に地図を見せて状況を把握してもらったり、救援物資の宛先決定に利用したりといった形で使われました。
田中氏:各自治体からFAXで送られてくる、形式もまちまちのExcelやPDFからデータを抜き出してインプットし、そのデータを地図上で一元的に、俯瞰的に見えるようにする作業をひたすらやった思い出があります。
Q:まるで、最近の新型コロナ感染者数の集計作業のようですね。
穐本氏:ちなみにコロナ禍でも、ジョンズホプキンス大学(米国)が出しているCOVID-19のダッシュボードに我々のシステムが使われています。
「BCPの観点からもっと高い価値を届けたい」というアイデアをゲヒルンとともに具現化
Q:GISと災害対策、防災は密接な関係にあるんですね。そのあたりが、ゲヒルンとの協業の背景にもあるように感じました。ゲヒルンを知ったきっかけは何でしたか?
穐本氏:ある飲料メーカーの副社長から「ゲヒルンという会社があって、すごくいい防災アプリを出しているんだ」という話を聞きました。早速コンタクトしてみようと思ったら、社内の別の人間が連絡を取っていることがわかり、紹介を受けて石森さんたちに会いました。
Q:そのときから、NADIActや気象オンライン サービス(ゲヒルン版)のようなサービスを作ろうと考えていたのでしょうか?
穐本氏:いえ、そこまで具体的なものは考えていなかったように思います。ESRIジャパンには、サブ業務として新たな企画をいろいろ考える「タスク」という集まりがあり、その一つ「BCPタスク」で、企業のBCP活動に地図データを活用してもらえないかというアイデアを出し合っていました。すでにその成果として、内閣府が出している南海トラフ地震や首都直下型地震が発生した際の震度想定情報や液状化想定情報を地図化し、クラウドを通して配信する仕組みも作っていました。
ゲヒルンさんとお話ししたタイミングは、この活動がひと段落し、「この先何をしようか」と議論している最中でした。「リアルタイムに気象情報が見られるようになっているのだから、われわれもそこで何らかの価値を提供できるんじゃないか」というアイデアはあったのですが、それにはライブデータが必要です。ゲヒルンさんとお話しする中で、まさにそういった情報を提供していただけそうだという話になりました。
Q:そこから話が具体化していったんでしょうか?
穐本氏:はい。サンプルデータをいただきながら「どんな仕組みで実装するか、データのフォーマットはどうで、置き場所はどうするか」といった事柄を決めていく中からNADIActというプロジェクトが生まれ、東京海上さんも加わって形になっていきました。さらに、NADIAct向けに提供している一つ一つのデータがレイヤーとして使えるので、それをArcGIS上で表示できる形でリリースしたのが、気象オンライン サービス(ゲヒルン版)となります。
Q:ゲヒルン側は、最初にこのお話しを聞いたとき「できそうだな」と思いましたか?
石森:そうですね。GISのレイヤーが一枚ほしいというお話しでしたから、防災アプリのデータとしてすでにあるものを外に配信すればいけるなと考えました。
ゲヒルン株式会社 石森大貴
穐本氏:そうなんです。実際お話ししてみたら、ゲヒルンさんのデータはGISに取り込みやすいフォーマットで、かつ、すでに座標付けもされていたので、迷いなく調整ができました。そもそもゲヒルンさんにGISに関する知見があることが大きかったですね。GISの座標系や付け方についてしっかり合意を取ることができ、スムーズなコミュニケーションができたと思います。
田中氏:「どれだけ複雑なことをやっているのかな」と思って蓋を開けてみたらJSONとGeoTIFFが置いてあるだけだったので、「全然楽だな」と思いました。元のデータからの変換をゲヒルンさんにやっていただいているので、非常に助かっています。
気象情報の背景や法律まで踏まえたゲヒルンのノウハウが支える、的確な情報配信
石森:データプロバイダーとしてゲヒルンをご利用いただいていますが、その気になればESRIさんが気象庁から直接データをもらって、自らGIS用に加工することもできるように思うのですが……。
穐本氏:やはり気象に関するノウハウに関しては、ゲヒルンさんには一日の長があります。「なぜ気象庁はこういうデータ配信を行っているのか」「これはこういう仕様のデータだから気をつけなければいけない」といった、気象業務法やデータが整備された背景も含め相談できる相手からデータを受けられるのは、非常に心強かったです。
おそらく同じことをESRIジャパンだけでやろうとしても厳しかったと思います。気象業務支援センターから情報を購入することはできても、どのように配信するかのルールまで含めて考える必要がありますから、弊社内の知識でここまで短時間でサービス提供に至るのは難しかったのではないでしょうか。
石森:そうですね。たとえば地震に関しても、気象庁のデータでは震度速報と震源速報は電文が分かれているので、受け取った側が重ねて一つにまとめる必要があります。また、津波注意報以上が発表される場合は、震源速報が発表されずに津波情報の中に震源データが入っているので、そこから取り出さなければいけなかったりします。こうした細々とした処理を忘れると、データがすっぽ抜けたりするんですね。NERV防災ではそうした処理を丁寧にやって、ばらばらに更新されるデータを常に一枚のデータで見せるようにしています。ある種の執着心のような感じでこだわっています。
菅原氏:僕はこのサービスの話をゲヒルンさんと一緒にやり始めて、「雨」だけでもこれだけいろいろな種類の情報を取り扱うんだなと言うことがわかって驚きました。たとえば、大分類の「雨」に該当する情報って、何レイヤーくらいありましたっけ?
糠谷:「雨」というのは「解析雨量」のことですか?
菅原氏:ほら、こんな感じで「雨」と言っても単なる降水量だけじゃないんですよね。
石森:アメダスの観測値に加え、ナウキャストの短時間予報もあれば土壌雨量指数もあります。大雨警報や注意報、記録的短時間大雨情報など、「雨」というキーワードだけでも多岐にわたります。それに、土砂災害警戒情報や洪水・浸水害も雨のモデルから計算されるため、それも雨のくくりと言えますね。
菅原氏:地図を使うユーザーがどの雨の情報を使いたいかは、用途によって違います。のり面の話ならば、警戒情報などではなく土壌雨量指数が必要になります。そういう一つ一つの専門的なレイヤーまで丁寧に提供できるところが、ゲヒルンさんと一緒にサービスに取り組むことで生まれる大きな価値だと思っています。
たとえば「24時間の累積雨量から危険度を割り出す」といった具合に、防災分野で独自のモデルを持っているユーザーもいらっしゃいます。ピンポイントで「こういったデータがほしい」とリクエストいただいたときに、それに適したデータを提供できるようになったところが非常に大きいです。
Q:気象オンライン サービス(ゲヒルン版)やNADIActはどんなところで活用され始めていますか?
穐本氏:ある高速道路管理会社では、高速道路ののり面崩壊を予見するために、気象オンライン サービス(ゲヒルン版)の解析雨量を活用しようといった取り組みを始めています。また、ある製造業では、調達網、サプライチェーンを維持・管理するためにNADIActを活用しています。200や300に上る仕入れ先の情報を地図にプロットし、リスクデータと重ね合わせることで、「台風が来た場合、どの河川がどう氾濫し、どの拠点が浸水被害を受けそうか」といった情報を一目で把握し、アラートを送るといった具合です。
今後は、ゲヒルンさんからいただいた気象情報を単体で使うだけではなく、たとえば道路の渋滞情報やSNSの情報と組み合わせて、さらに価値を高めていくことも検討しています。台風や大きな地震のような災害が発生すると、交通量にも変化が生じます。どこがどう渋滞しているか、逆にどこの交通量が極端に減ったかといった情報を運送業などで使っていただけないかなと考えています。
両者の「世の中に役立つものを、より素早く」という思いが結実したプロジェクト
菅原氏:もう一つ、私がこのプロジェクトに加わってとてもいいなと思ったのは、世の中の役に立ちたいと、使いづらい気象情報を整理し、こだわりを持ってどんどん出していくところです。同じことを他社にお願いしたら、たくさんの人が雁首をそろえて「うーん、その場合は一カ月くらいかかるんじゃないでしょうか……」となるところ、ゲヒルンさんはそんなことがありません。「検討してみます」となって、一週間後には「できました」と言ってくるので、いつも速いなぁって思います。 熱い思いと技術力を持った人たちが、しがらみや忖度を抜きにして、フランクに意見をぶつけ合い、世の中の役に立つものを作りたいという一心でできあがったのがNADIActだと思います。
糠谷:ゲヒルンの強みは、ほぼ全員がエンジニアであることです。それがスピードにもつながっていると思っています。このサービスで扱っているのは災害情報です。石森もよく言うのですが、時間をかけてしまっているうちに災害が起きて「あのとき出しておけばよかった」と後悔することがないように、より早く実装し、より多くのユーザーに提供したいという思いがあります。
ゲヒルン株式会社 糠谷 崇志
Q:サービスに対する反響はいかがでしょう?また、今後防災情報配信に関してどんな展開を考えていますか?
田中氏:お客様の多様なニーズに応えるべく、提供できる情報を増やしていきたいと思っています。同時に、こうした情報がいかに有効かということをきちんと訴えていかなくてはと思っています。
穐本氏:われわれは民間企業ではありますが、被災された自治体や企業様向けに無償で使える「災害対応プログラム」を用意するなど、もともと防災や社会貢献に対する熱い思いがあります。立ち位置が似通うゲヒルンさんと、今後も協力していければと思います。